大人じゃない、子供なりの精一杯の”おもてなし”が宿る部屋

今日は、娘がはじめて友達を家に呼ぶ日。
朝からそわそわしていた。いつもより早く起きて、髪を結ぶ位置を少し変えてみたり、クッションの向きを気にしてみたり。
妻は、焼きたてのクッキーを冷ましながら笑っていた。
リビングのテーブルの上には、レモン色のクッキー皿と、薄いグリーンのガラスコップ。
光の中で、水のように静かに揺れるカーテンのそばには、昨日市場で買った観葉植物を飾っている。

「この部屋が、はじめて誰かを迎えるんだな」
そんなことを考えながら、夫はクッションのシワを直していた。
チャイムの音に、全員が少し背筋を伸ばした。
玄関に立っていたのは、娘のクラスメイトと、優しそうなお母さん。

リビングに入ると、息子がすでに待ち構えていた。
「このイス、ぼくの!」と籐の椅子を指差して言う。
「今日は貸してあげる」と続けると、お友達が「ありがとう」と素直に笑った。
そのやりとりに、空間がすこしほぐれていく。

お友達がランドセルから折り紙を出して、即席の折り鶴づくりが始まった。
「このテーブルに飾ろうよ」
ふたりの小さな手が作った鶴が、静かに並べられていく。
夕方、お友達が帰ったあと、娘はリビングの椅子にすわって、折り鶴を見つめていた。
息子が「これ、まだ置いておくの?」と聞くと、娘はうなずいた。
「今日のこと、覚えておきたいから」

夫がふとつぶやく。
「人を迎えると、部屋ってちょっと違う顔をするな」
妻はキッチンでグラスを片づけながら言う。
「家具も、今日の会話を覚えてる気がするのよね」
春のやわらかな陽が傾いて、リビングに静けさが戻ってきた。
でもその静けさは、いつもよりすこしあたたかかった。

いつものリビングが、その午後だけ“違う意味”を帯びた記念の日。