
今夜もまた、ふたりは同じ部屋で、同じベッドに眠る。
夫はいつも通り、きっちり折りたたまれた部屋着に着替え、
お気に入りの本を手にしてベッドに腰を下ろす。
読み終わったページの角をぴしっと折り、
眼鏡を静かにサイドテーブルに置く仕草には、変わらない几帳面さが滲んでいる。
一方、妻はスマホで仕事の確認をしてから、
大きく伸びをして、片手で髪をくくり上げる。
今日も走りきった身体を、ベッドにぽんと預けるようにして横になる。
夫は几帳面で、潔癖気味。
妻はサバサバしていて、意外と大雑把。
結婚して20年近く経つけれど、たぶん性格はずっと平行線のままだ。
それでも今夜も、ふたりはこの部屋で同じ静けさを共有している。
特別な会話があるわけじゃない。
ただ、隣に誰かがいて、呼吸が聞こえるという安心。
寝室の灯りを落とすと、静寂の中に微かな生活音だけが残る。
時計の針の音。布団のこすれる音。ときどき、誰かが寝返りを打つ音。
そして、時間が溶けるようにゆっくりと夜が深まっていく。

朝。
最初に目を覚ますのは、たいてい妻だ。
まっすぐ天井を見上げて、ひと呼吸おく。
隣をちらりと見ると、夫はまだ深く眠っている。
掛け布団がわずかにずれて、背中が少しだけ見えている。
そっと起き上がり、布団を整えながら、
「また夜中に寝返りを打ったな」と心の中で笑う。
カーテンを静かに開けると、朝の光が、やさしく部屋に差し込む。
光はベッドの端を撫で、丸みのある照明の影を淡くゆらす。
この寝室に射す光が好きだ。
過剰に明るくなくて、でもちゃんと新しい朝を連れてきてくれる。
キッチンに立つ前、妻はもう一度ベッドを振り返る。
きっちり並んだ枕。

サイドテーブルの上には、昨夜と同じように
本と眼鏡と、香りの残るディフューザー。
一緒にいるのに、互いに干渉しすぎない距離感。
でも、いざという時には、誰よりも早く動ける相手。
この寝室は、ふたりの関係そのものだと思う。
整えられすぎず、崩れすぎず。
暮らしの真ん中ではないけれど、ここがあるから毎日が成り立つ。
「おはよう」
夫の声が、少し遅れて聞こえてくる。
「おはよう」
その声が聞こえる前から、
彼の目覚めを待っていたことを、自分だけが知っている。
ふたりは並んで今日をはじめる。
会話は少なくても、視線が交わるだけで、すべてが伝わる。
“朝の隣”にいるというだけで、
世界のノイズがすっと引いていくような、そんな朝。
それは、今日という日がうまくいくことよりも、
もっと大事な何かを支えてくれる気がする。
