
この家に引っ越してきたのは、半年前。
築20年のマンションを、思いきってリノベーションした。
決め手は、南向きの大きな窓と、床までしっかり張り替えられる自由度。
どんな部屋にするかを夫婦で話していたとき、真っ先に「ダイニングだけは妥協したくない」と声を揃えたのは、ちょっと意外だった。
夫は、建築関係の仕事。
普段は理屈っぽいのに、暮らしの話になると案外ロマンチスト。
「毎日、家族が一度は集まる場所だから」と言って、
照明の配置から椅子の高さまで、ミリ単位で気にしていた。

妻は、美容師でサロンを経営している。
働くのも好きだけど、家にいる時間も同じくらい大事にしていて、
「ダイニングの椅子は、全部違うやつにしたい」と言い出したのは彼女だった。
「全部同じじゃつまらないでしょ。家族ってそういうもんじゃん?」
それぞれ色も形も違う椅子が4脚。

どれも天然木で、ちょっと丸みがあって、温かみのあるものばかり。
最初は「変じゃないかな」と不安だったけど、並べてみると、思った以上にしっくりきた。
小学3年生の長男は、気分によって座る椅子を変える。
今日は背もたれが大きい椅子。落ち着かない日は、少し沈む椅子。
それが彼なりの“整え方”なのかもしれない。
1年生の妹は、食べ終わってもずっと座っている。
おしゃべりが好きで、誰かが片づけを始めてもまだ喋ってる。
平日は、みんな忙しい。
夫は夜遅く帰ることもあるし、妻は朝早く家を出ることもある。
でも、どんなにすれ違っていても、
このダイニングテーブルを囲む時間だけは、
“全員が家族”に戻る時間だ。
バラバラの椅子だけど、座ると同じ高さになるように調整されていて、
目線が合う。その設計が、なんだか家族っぽいと思う。

日曜の朝。
今日は全員そろっていて、ワッフルとフルーツとスープ、湯気を立てているコーヒー。
「それ、ママの椅子じゃん」
「いいの、今日はここに座りたいの」
そんなやりとりが、今日もまた記憶に刻まれていく。
椅子はバラバラ。
でも、時間はひとつ。
この家だけの、静かで確かなリズムが流れている。
