◯年使えるから、1日で割れば◯円… | albo(アルボ)

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Column / コラム

◯年使えるから、1日で割れば◯円…

家具業界にいると、販売の現場でときどき聞く言葉があります。

「これ、10年使えるんです。

だから1日で割ったら数百円なんですよ。」

たしかに、言いたいことはわかります。

長く使えるものなら、目先の価格だけで判断しないほうがいい。

それ自体は、その通りだと思います。

でも正直に言うと、自分はこの伝え方があまり好きじゃありません。

なぜ引っかかるのか。

それは

価値を伝えているようで、実は価格の痛みを薄めているだけに感じるから

“高い”と感じる気持ちを、計算で薄めているように聞こえるからです。

お金を払うというのは、本来とても大事な判断です。

本当に必要か。

本当に好きか。

これからの暮らしにちゃんと残るものか。

その価格に、自分は納得できるか。

そういうことを一つひとつ考えたうえで、人は買うかどうかを決める。

なのに「1日で割れば数円です」と言われると、その判断の重みが少し軽く扱われてしまう気がするのです。

世の中のほとんどのものは同じことが言えます。

家。

車。

服。

腕時計。

食べ物。

旅行。

サブスク。

なんでも、日割りや月割りにすれば“安く見せる”ことはできます。

でもそれで本質が見えるかというと、そうではないはずです。

結局その言葉は、

そのものが持っている価値の説明ではなく、買いやすく見せるための計算に近い。

もちろん、考え方の一つとして否定するつもりはありません。

けれど私は、そこにどこか“ごまかし”のようなものを感じてしまいます。

高いものは高い。

それでいいと思っています。

同じ家具を見ても、ある人にとっては即決できる価格かもしれないし、

別の人にとっては勇気のいる買い物かもしれない。

それは価値観の違いでもあるし、

今の暮らし方や、優先順位の違いでもあります。

だから

「高いけど、それでも欲しい」

「すごく素敵だけど、今はまだ買えない」

「今回は見送る」

そのどれもが、ちゃんとした判断です。

なのに「1日で割れば数円ですよ」と言われると、

高いと感じた側が、考え方の浅い人みたいにされてしまうことがある。

私はそこに、少し乱暴さを感じます。

本当に伝えるべきなのは、安く感じる理屈じゃなくて、持つ意味だと思う

家具は、ただの道具ではありません。

毎日目に入って、

毎日触れて、

日々の会話や、食事や、沈黙の時間のそばにあるものです。

子どもが大きくなったことを思い出したり、

夫婦で過ごした夜を思い出したり、

一人で静かに過ごした朝を思い出したり。

家具は、暮らしの景色をつくるだけじゃなく、

時間の記憶まで引き受けていくものだと思っています。

だから価格を伝えるなら、

「長く使えるからお得です」だけではなくて、

なぜこの素材なのか。

なぜこの形なのか。

どんな手触りがあって、

どんな時間をこの家具が受け止めていくのか。

そういう話を、もっと正面からしたい。

価格の痛みを薄める言葉より、

その家具が暮らしにもたらす意味を濃くする言葉のほうが、ずっと誠実だと思うからです。

alboは、安く感じさせるために言葉を使いたいわけではありません。

もちろん、価格の見え方を整理することは大切です。

でもそれ以上に大切なのは、

その人がちゃんと納得して選べることだと思っています。

「これなら元が取れますよ」ではなく、

「これがある暮らしを、自分は本当に好きだと思えるか」。

そこに向き合って選んでほしい。

高いからダメ、ではなく。

安く見えるから正解、でもなく。

その家具が、自分の暮らしに必要な一つだと思えるかどうか。

その基準で選んでもらえることが、いちばん健全だと思っています。

「◯年使えるから、1日で割れば数円です」

この言葉が好きになれないのは、

たぶん私が、価格をうまく見せることよりも、

価値をちゃんと伝えることのほうが大事だと思っているからです。

高いものを、高いまま受け止める。

そのうえで、それでも欲しいと思える理由を語る。

私はそういう伝え方のほうが好きです。

家具は、日割り計算で選ぶものではなく

これからの暮らしをどう残したいかで選ぶものだと思う。

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